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日本列島が梅雨入りを迎え、しっとりとした雨や曇り空が続く6月。
窓の外の雨音に耳を傾けていると、私の心はふと、あの4月の柔らかな光の中にそっと置いてきた「ある未完の記憶」へと向かっていきます。
普段は冷たいものを少し控えている私ですが、この日ばかりは別でした。
春とはいえ、私にとってかき氷は気軽に食べられるものではありません。冷えに備えてカイロを貼り、タイツを履いて、少し大げさなくらいの準備を整えて向かいました。
そこまでしてでも、もう一度訪ねてみたかったのです。
昨年、お目当ての品が売り切れで出会えなかったあの店へ。
五辻昆布さんでの心地よい取材の余韻に背中を押されるようにして始まった、娘との急な寄り道の時間。しかし、その道中に立ち寄った平野神社での出会いや、再びくぐった「さわ」の暖簾の先で待っていたのは、予想もしない優しくて愛おしい「もう一つの未完」の物語でした――。
完全に満たされないからこそ、また京都の季節を追いかけたくなる。そんな母娘で重ねた4月の特別な1日を、今、この雨音のなかで愛おしく振り返っています。
この梅雨のどんよりとした空気をひととき忘れさせてくれるような、さわさんで出逢った和の涼を、この時期おうち時間を瑞々しく彩ってくれる初夏の涼菓セレクションと共に、そっと紐解いてみようと思います。

プロローグ:昨年夏の忘れモノ
じりじりと照りつける太陽が、京都の盆地特有の濃厚な暑さを運んでくる、昨年の夏の盛りのこと。
かねてより耳にしていた、北野にあるかき氷の名店「さわ」さん。その涼やかな暖簾の向こうにあるという、淡いピンクとピスタチオグリーンの美しいコントラストが印象的な「桜ピスタチオ」の氷に、私は心底、憧れを抱いていました。
冷たいものを少し控えている私にとって、真夏にかき氷を食べるというのは、それだけでちょっとした一大イベントです。娘の桜和子と共に、どこか特別な期待を胸に抱きながらお店へと向かいました。
うだるような炎天下の中、慣れない道をあちこち探しながら歩き回り、ようやく「さわ」さんの佇まいを見つけたときのこと。安堵したのも束の間、すでに視線の先には5、6人の列ができていました。
胸騒ぎを覚えながら、店前に出されている予約ボードへと近づき、そっと目を落とします。
そこにあったのは、「桜ピスタチオ 本日売り切れ」という無情な文字でした。
まだ席を待つ列に並ぶことさえしていない、その始まりの段階で、憧れの一杯への道は閉ざされてしまったのです。結局、その日は暖簾をあとにすることしかできませんでした。
ぽっかりと空いた心の片隅に、「いつか必ず、もう一度」という小さな約束だけを残して、私たちの夏は通り過ぎていきました。
あの日の、あと一歩届かなかった記憶があったからこそ、私のなかでその存在は色褪せることなく、むしろ特別なものへと育っていったのです。
四月の、小さな覚悟と、五辻の昆布からの足跡
あの夏の日から、季節はいくつも巡り、世の中が柔らかな桜色に染まる4月を迎えていました。
その日は、娘と共に「五辻の昆布」さんへ取材に伺っていました。職人さんたちの丁寧な手仕事や、歴史を重ねたお話に深く感銘を受け、胸の奥がじんわりと温かい余韻で満たされていたときのこと。ふと、「ここからなら、あの『さわ』さんが近いのではないかしら」という思いが頭をよぎったのです。
普段は冷たいものを少し控えている私にとって、春にかき氷を食べるというのは、本来なら少し躊躇してしまう選択です。
けれど、この日は違いました。4月の京都の底冷えや移動を懸念して、朝、家を出るときからしっかりとタイツを穿き、カイロも忍ばせていたのです。
「これだけ重装備をしているのだから、きっと大丈夫」
大げさなくらい万全な自分の足元とお腹の温もりを確かめると、まるでその装備が「今こそ、あの日のリベンジへ」と語りかけてくれているかのように思えました。自分のなかの小さな覚悟をわずかに冷たい手の中にぎゅっと握りしめ、私たちは弾むような足取りで、北野の街へと歩き出したのです。

平野神社に息づく、もう一つの「未完」
さわさんへと向かう道すがら、私たちは「平野神社」の境内へとふらり立ち寄ることにしました。
私の胸にずっとあったのは、淡い黄緑色の花を咲かせる珍しい「みどりの桜(鬱金桜)」をひと目見たいという願いです。4月も中旬に差し掛かる頃、もう遅いかもしれないとどこかで半分諦めかけていたのですが、境内に一歩足を踏み入れた瞬間、その目の前に広がる光景に圧倒されました。
そこには、盛りを過ぎるどころか、見事なまでに咲き誇る真っ盛りの桜たちが、私たちの行く手を優しく彩っていたのです。
探していた「みどりの桜」の瑞々しい姿も見つけることができ、その可憐な色彩に思わず娘と顔を見合わせました。

さらに進むと、寄り添うようにして咲く別の桜の木の傍らに、薄紫色の立札を見つけます。そこには「突羽根櫻(つくばねざくら)」と記され、この神社ならではの稀少な名桜であること、そして開花時期は「四月下旬」と書かれていました。

「平野神社には少しずつ時期をずらして咲く、多種多様な桜が数多くあるのだね」
それは、実際にこの場所に足を運んでみて、初めて知った新鮮な驚きでした。今まさに美しく咲いている桜もあれば、すでに葉を伸ばしているもの、そしてこれから盛りを迎えるもの。
「これなら、来年以降もまた少しずつ時期をずらして来たら、そのたびに違う名桜に出逢えるね」
娘とそんな会話を交わしながら歩く境内は、どれも割と低木な桜が多く、見上げるというよりは、ちょうど私たちと同じ背丈ほどの高さに寄り添うようにして花が咲き誇っています。すぐ目の前に広がる満開の色彩を、まるで手を結ぶような近さで感じながら進む時間は、どこか愛おしく特別なものでした。
神社のシンボルでもある樟(くすのき)の大木の前では、その力強い幹をのぞき込むようにして、そっと触れてみる。手のひらから体中へと、静かで力強いエネルギーがじんわりと染み渡っていくかのような心地よさに包まれました。

お目当ての桜のすべてを一度に網羅することはできなかったけれど、だからこそ「また次の春に、ここへ戻ってこよう」という愛おしい未完の約束が、新しく生まれました。
五辻の昆布さんでの温かい余韻、転じて平野神社がくれた未来への楽しみ。心にたくさんのエネルギーをチャージさせてもらった私たちは、今度こそあの日の忘れモノを取り戻すべく、いよいよ「さわ」さんの暖簾を目指します。
再びくぐる暖簾の先で
平野神社の美しい余韻に包まれながら、私たちは目的の「さわ」さんへと到着しました。
ところが、お店の前に辿り着いて驚きました。じりじりと照りつける太陽のもとで探しまわったあの夏の日の、あの長蛇の列が一変、店前には誰も並んでいなかったのです。「時間が時間だけにもう終わってしまったのかしら、それとも今日はお休みなの?」と、一瞬の不安が胸をよぎります。
けれど、そっと近づいてみると、確かにそこには「営業中」の佇まいがありました。
少しの緊張を抱きながら、思い切ってドアを開けてみる。
カラン、と響く音の先には、先客の姿がちらほらと見えるだけの、静かで穏やかな空間が広がっていました。
「お好きな席にどうぞ」
お店の方の柔らかな声に誘われ、私たちは居心地のよい小さな空間の奥にある、カウンター席へと歩みを進めました。落ち着いた席に腰を下ろし、手元に広げられたメニューに視線を走らせます。しかし、いくら探しても、あの淡いピンクとグリーンの「桜ピスタチオ」の文字は見当たりません。
「あの、桜ピスタチオの期間は、もう終わってしまったのでしょうか……?」
たまらずお店の方に尋ねてみると、「そうなんですよ」という、優しくも決定的な答えが返ってきました。
「あらー、またお預けなのね――」
心のどこかで覚悟はしていたものの、やはり小さなため息がこぼれます。けれど、不思議とあの日ほどの落胆はありませんでした。なぜなら、事前にインスタグラムなどを眺めながら、「さわさんのかき氷は、他にも食べてみたいテイストがたくさんある」と、心をときめかせていたからです。
せっかくなら、まだ見ぬ未知の味わいにトライしてみよう。娘もいくつか迷うものがある様子だったので、ふたりで別々のものを頼み、分け合っていただくことにしました。
お味噌のなかでも、特にこうじみそや白味噌を好む私。メニューに見つけた「白みそ」の三文字は、それだけで私の好奇心を強くそそるものでした。そして娘が選んだのは、香ばしさがそそる「きなこ」のかき氷。
あの日届かなかった「未完」の扉の先で、私たちは新しい味覚の冒険へと、そっと足を踏み入れたのです。
一口の冒険:白みそときなこの趣向
目の前に運ばれてきたのは、ふんわりと美しく削られた、どこか芸術品のような佇まいのかき氷でした。
朝からタイツを穿き、カイロを忍ばせてきた私の重装備は、この瞬間のためにありました。「これだけ守られているのだから、大丈夫」。心の中でそっと自分に太鼓判を押し、スプーンを差し入れます。
まずは、私が選んだ「白みそ」を一口。
口に含んだ瞬間、驚きが広がりました。まず白味噌の優しい塩味がふわりと鼻に抜け、そのすぐあとに、まろやかな甘さが冷たさとともにじんわりと溶け合っていったのです。冷たいかき氷とお味噌という、一見不思議な組み合わせが、口の中で完璧な調和を見せていく――。それは、お味噌の中でも特に白味噌を好む私にとって、たまらなく愛おしい新鮮な驚きでした。

そして、娘が選んだ「きなこ」の氷ともスプーンを交わします。山吹色のきな粉がふんだんにまぶされた香ばしい世界と、まろやかなコクが際立つ白みその世界。
「こっちも美味しいよ」「本当、全然違う味わいだね」
ふと気づけば、目の前のかき氷は、思ったよりも小ぶりの器に上手にぎゅっと、まあるく盛られていました。
ここからは、私たち食べる側の力量が試される時間です。いかに器からこぼさずに、最後までキレイにいただけるか。スプーンを入れる角度や場所を慎重に選びながら、まるでパズルゲームを楽しんでいるかのような感覚で、ふたりで夢中になって食べ進めていきました。

二つの世界を交互に、贅沢に堪能する時間。味わいの深さはもちろんのこと、その「こぼさないようにいただく楽しさ」が、今でも私の胸に鮮烈な印象として残っています。
言葉にできないほどの可笑しさと、満ち足りた「ほっとした気持ち」に包まれて。それは、あの夏の日、売り切れの文字を前に立ち尽くした私たちが、時を経てようやく辿り着いた、とても温かくて優しい特等席でした。
京都の余韻を、おうちでも楽しむ初夏の涼菓
お店で出会った「きなこ」や和の趣を、ご自宅のテーブルでもそっと味わってみませんか。職人の技が光る、とろけるような本わらび餅や、上品な羊羹のセレクションをお届けします。初夏の涼やかなお茶の時間に、ぜひお役立てください。
初夏の涼菓セレクション、最初にご紹介したいのは、京都・伏見に本店を構える『まるもち家』の「水まる餅」です。
ゼリーでもない、わらび餅でもない、まるで”おいしい天然水をそのまま食べている”かのような、究極のぷるぷる食感と、すっと喉を通る儚い口溶けが魅力の新感覚和スイーツ。
風船をきれいにプチッと割る瞬間の遊び心もあり、きな粉とコクのある黒蜜を添えれば、どこか懐かしくも洗練された涼やかなひとときを運んでくれます。
続いてご紹介するのは、京都・下鴨に本店を構える『京栗菓匠 若菜屋』の「かご入り水まんじゅう」です。
涼やかな竹籠にしつらえられた、目にも美しい水菓子。なめらかな葛のなかに上品な甘さのこしあんを閉じ込めたプレーンに加え、風味がふわりと広がる「よもぎ」、のど越しの良い「わらび」の3つの味わいが揃います。
冷蔵庫でしっかりと冷やしてから器に盛れば、おうちの中にいながらにして、京都の格式ある夏の情景がふわりと広がるようです。
3つ目にご紹介するのは、京都・龍安寺のほど近くに佇む老舗京菓子店『笹屋昌園』の「本わらび餅 食べ比べセット」です。
国産最高級の本わらび粉を贅沢に使い、今でも職人さんが銅鍋で丁寧に手練りする伝統のわらび餅「極み」は、驚くほどもっちりとろける至福ののど越し。さらに、京都の有名な老舗豆腐店「とようけ屋山本」の豆乳を練り込んだ「白蕨(しろわらび)」は、優しいコクと風味が広がる新感覚の美味しさです。
こだわりの京きな粉と濃厚な黒蜜をたっぷりかけて、熟練の技が生み出す本物の味わいをぜひお取り寄せで堪能してみてください。
次にご紹介するのは、京都・桂に店を構える『京都・桂 鶴屋光信』の琥珀糖「齢(よわい)」です。
まるで美しいガラス細工や宝石をちりばめたような、目にも鮮やかで涼感あふれる和菓子。外側はシャリッと軽く、内側は驚くほどみずみずしく、ぷるっとした柔らかな寒天の食感が絶妙なコントラストを描きます。
宇治抹茶の奥深い薫りと、お口の中に爽やかに広がる国産柚子の2つの風味が揃い、お気に入りの冷茶を淹れて器に並べるだけで、なんとも贅沢なひとときを過ごしていただけます。
最後は、京都を飛び出してでも、どうしても皆様にご紹介したかった「目にも涼しい和菓子」をご紹介します。新潟長岡の名店『越乃雪本舗大和屋』の「琥珀糖 紫陽花」です。
箱を開けた瞬間、思わずため息が漏れてしまうほど美しい佇まい。淡いピンク、薄紫、水色、配置された白のグラデーションが光を透かす様子は、しっとりと雨に濡れる紫陽花そのもの。そこに鮮やかな緑の葉(雲平)がそっと添えられ、日本の初夏の情景がこのひと箱に見事に描き出されています。
お気に入りの一皿に、自分の手で少しずつ小花を並べて、好みの紫陽花の花を咲かせる時間までもが愛おしい、情緒あふれる特別な涼菓です。
エピローグ:残された、もう一つの理由
満足感とともにスプーンを置き、ふう、と小さく息をつく。
お腹の奥にはタイツとカイロの温もりがしっかりと残っており、春の冷たさに負けることなく、最後までその繊細な趣向を堪能することができました。
お店の方に「期間が終わってしまった」と告げられたとき、確かに一瞬の寂しさはありました。けれど、五辻の昆布さんでの職人さんの手仕事に触れ、平野神社で多種多様な桜の息吹を感じ、そして「さわ」さんのカウンター席で娘とパズルゲームのように氷を分け合ったこの一連の時間は、何物にも代えがたい豊かな春のひとコマでした。
ふと振り返れば、私の京都での足跡は、いつもどこか「一筋縄ではいかない楽しさ」に満ちています。
一度で全てが手に入らないからこそ、私たちはその土地の季節を愛おしみ、何度も何度も, その暖簾をくぐりたくなるのかもしれません。平野神社の緑の桜がまた次の春への約束をくれたように、この場所にも、まだ見ぬお楽しみが大切に残されたのです。
結局、この日も目当ての一杯には出会えなかった。
けれど、また訪れる理由だけは、確かに残りました。
お出かけの終わりに、あたたかい一杯を
涼やかなお菓子を堪能したあとは、あたたかいお茶でほっと一息。
日本茶、紅茶、そして珈琲にまでオールマイティに寄り添ってくれる、少し趣向の凝ったスグレモノの新しい道具「ちゃPod」に、今とても心惹かれています。
茶こしがいらない革新的な構造で、360度どこからでも注げてしずくが垂れず、お手入れも一瞬。カラーバリエーション豊かなのも素敵です。
そんな用の美を備えたお気に入りの道具で丁寧に淹れる一杯は、今日という一日の余韻を優しく包み込み、おうち時間をより豊かに、美しく彩ってくれます。
季節を問わず楽しみたい、京都・西陣の特別な氷
お取り寄せで目にも涼しい和菓子を堪能したあとは、ぜひ今回の物語の舞台となった、京都の街で出会える「極上のかき氷」にも足を運んでみませんか。
千本通沿いに店を構える『京の氷屋 さわ』は、定番のシロップはもちろん、京都の老舗豆腐店の豆乳を使った「京のおとうふ」や、甘じょっぱさが癖になる「京の白味噌」など、京都らしい丁寧な素材選びが光る大人気のかき氷専門店です。
落ち着いた和の空間で、ひんやりと心地よいお茶時間を過ごすのも、初夏の京都旅の素敵な思い出になりますよ。
【京の氷屋 さわ 店舗情報】
住所: 京都市上京区西上善寺町181
アクセス: 京都市バス「北野天満宮前」バス停から徒歩約3分
定休日・営業時間: 不定期(公式Instagramでの完全予約制・カレンダー公開)
初夏の京都へ、心地よく旅する
新緑から深緑へと美しく移り変わるこれからの季節の京都は、涼やかなお菓子や特別な氷を巡るのにこれ以上ないベストシーズンです。
「日常を少し離れて、のんびりと京都の街や美味しい涼菓を味わってみたい……」
そんなときは、ぜひお気に入りの宿を見つけて、心地よい時間を過ごしにいらしてくださいね。

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