今年の春、いくつもの桜を巡る中で、どうしても気になる一本がありました。
それが、第十六代佐野藤右衛門氏が遺したとされる桜「京姫(けい)」です。
約10年前に見出された自然交配種であり、新品種は佐野桜と桐ヶ谷とされるこの桜。
その始まりの姿を確かめるため、京都府立植物園を訪れました。
京姫に出会って最初に感じたこと

桜の前に立ったとき、まず私は挨拶をしました。
これから永く見守っていく存在と感じ、京姫と桜守へ「どうぞよろしくお願いします」と心の中で伝えました。
その樹は、少し見上げるほどの高さにあり、まだ若い桜であることが分かります。
樹の状態と姿

幹や枝は細く、どこか乾いた印象もありました。
枝は横に広がるというよりも、上へと伸びるような形をしています。
風が吹くと、他の桜よりも大きく揺れ、繊細さと不安定さが同居しているようにも見えました。
全体としては、すでに完成された姿というよりも、これから形を作っていく途中のような印象です。
花の様子

この日はすでに満開に近い状態でした。
八重咲きの花は高い位置にあり、香りを確かめようとしましたが、届きませんでした。
けれど、見上げる先にあったのは、驚くほど柔らかな、優しいピンク色。
数ある桜色の中で、これが私の「さくらいろ」だと思いました。
周囲の様子との時間の流れ

本来は夕方に訪れる予定でしたが、イベント終了後では閉園してしまうことが分かり、予定を前倒しして昼に訪れました。
訪れる人は途切れることなく、次々と京姫の前に立ち止まり、その姿を見上げてはその花びらの様子を目に焼き付けているようでした。
その中に騒がしさはなく、静かな関心だけが流れているように感じられました。
京姫という桜の印象

近くで觀た京姫は、華静けさが印象に残る桜でした。
その品の良さは、花びらの一枚いちまいにはもちろん、木全体の佇まいにも、静かに、けれど確かに宿っていました。
どこかで守られているようでありながら、同時に自らの形を探している途中のようにも見えます。 枝は細く、花の付き方も金一ではなく、ところどころに空白のある姿でした。
しかしその不均一さこそが、今のこの桜の、ありのままの姿なのだと感じました。
その余韻を、自宅で愉しむ
植物園を後にして、胸の奥に残ったあの揺れる花びらの余韻とともに、自宅で静かにお茶を淹れました。
桜の柄が施されたカップに、ふわりと香る「さくら抹茶」を注ぎ、しっとりとした「桜まんじゅう」を添えます。
桜まんじゅうの優しい甘みと、お抹茶のほど苦さ。
それは、あの風に揺れていた京姫の、まだ完成されていない、けれども確かな生命力を持った姿を思い起こさせてくれました。
あの時間の続きを、今、自宅で静かに味わっています。
京姫、始まりの一本として

京姫は、ただ美しさを語る桜ではなく、”これから歳月を重ねて見守っていく桜”だと感じています。
急激に姿を変えるというよりも、時間をかけてゆっくりとこの地に根を張っていく。
完成された一本ではなく、これから彼女らしい形を創っていく存在。
また来年、この場所を訪れたとき、どのような姿を観せてくれるのか。
その変化を静かに見届けて行きたいと思っています。
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