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開催期間の終了が迫る「北斎&広重展」。その会場へ急ぎ足で向かった私には、ひとつの確信がありました。前回訪れた時と同じ作品が、あの場所に待っていてくれているはずだ、と。
私の目的は、ただ、ひとつ。
前回の訪問時、私の心を捉えて離さなかった、ある一枚の作品。あまりの美しさにしばらくその場を立ち尽くしてしまったというのに、あろうことか私は、その作品名を確認しないまま会場を後にしていたのです。
「あの時、私をフリーズさせたあの作品は、一体何だったのだろう」
胸の奥にモヤモヤと引っかかっていた「あの絵の正体」を突き止めること。それだけが、今回の切実な訪問動機でした。あの色彩だけを目指して、私は会場へと滑り込みました。

まさかの大誤算。展示場で消えたお目当ての作品
前回の記憶を鮮明に手繰り寄せながら、あの作品が飾られていたはずの場所へとまっすぐ向かいます。
ところが。
「……ない」
そこにあるはずの景色が、見当たりません。
自分の見落としかもしれないと思い、呼吸を整えてもう一度、展示場を隅から隅まで巡ってみました。しかし、二度回ってどれだけ目を凝らしても、私の心に残っているあの色彩はどこにも見つけられなかったのです。
えっ? 一体、なぜ?
狐につままれたような戸惑いと焦りの中で、私はたまらず、近くにいらした展示員さんの方へ直接、質問を投げかけました。
「すみません、前回こちらにあった作品を探しているのですが、どこに移されたのでしょうか?」
すると、返ってきたのはまったく予想だにしていなかった衝撃の一言だったのです。
「あ、今回の展覧会は、前期と後期で作品がほぼ全て入れ替わっているんですよ」
単なる一部の入れ替えではなく、実質的にはまったく別の展示と言ってもいいほどの規模の変更。
「見つからないのは、当然だったのだ」という驚愕と同時に、目の前が真っ白になるのを感じました。私が今そこにあると信じて疑わなかった世界は、すでに展示場から消え去ってしまっていたのです。
浮世絵の世界を、部屋の壁に。北斎・広重の名作をポスターとして日常空間に取り入れてみませんか。
記憶の糸をたぐる、ミュージアムショップでの「探偵心」
ですが、この捜索をここで終わらせるわけにはいきません。
何とかしてあの作品の名前を知る方法はないか。熱心に尋ねる私に、展示員さんが一枚の作品目録を見せてくださいました。
ただ、手元にいただいた目録は文字だけがずらりと並んだ一覧表。私が求めていたのは、文字の羅列ではなく「見た瞬間に、これだ!と五感で分かる」あの色彩です。私の記憶を文字だけで判別するのは至難の業でした。
行き詰まっていた私に、展示員さんがそっと追加のヒントを教えてくださいました。
「ミュージアムショップにある図録(目録本)をご覧になれば、掲載されているかもしれません」
その言葉を頼りに、私は次なる手がかりを求めてミュージアムショップへと向かいました。

見本として置かれていた図録を手に取り、ページをめくります。
1回目は、はやる気持ちを抑えながら全体を。
そして2回目は、前回の訪問時に私の足を引き止めたあの色彩の記憶と、1ページずつ慎重に照らし合わせながら。
目を凝らし、記憶の底をさらうようにして探した、その結果――。
あるページの、ある作品の前に、私の目が釘付けになりました。私の中で、カチリと音を立ててパズルがはまるような、かなり高い確信が生まれた瞬間でした。
私の心をフリーズさせたあの1枚。その正体は、やはり『京都名所之内 通天橋ノ紅楓』だったのです。

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
思わず、図録を前ににっこり微笑んでいました。
会期終了が迫る中、あきらめずに探し求めた末に辿り着いた最大の成果が、まさにこの瞬間にありました。
北斎と広重、二人の世界をより深く知りたい方へ。見比べることで初めて見えてくる、それぞれの美意識があります。
後期展示で確信した、二人の「描く次元」
目的を果たし、どこか誇らしげで満ち足りた気持ちになった私は、せっかくの機会ですから、新しく入れ替わった後期展示の作品たちを順に鑑賞していくことにしました。
すると、無事にミッションを終えた私の目に飛び込んできたのは、前回以上に鮮明に伝わってくる、北斎と広重の決定的な「違い」でした。
【北斎について】
私の目に飛び込んできた北斎の作品は、青と緑をベースに展開されているものが非常に印象的でした。彼は、自然の構造や、その形そのものを冷徹かつ大胆に見せようとしている感覚が強いのです。色彩の美しさというよりも、まずその圧倒的な「構図」や「視点」の奇抜さに、否応なしに目が引き寄せられます。
【広重について】
一方で、広重も同じように青や緑を巧みに使いますが、彼のキャンバスにはそこへさらに、赤系、桃色、あるいは黄色といった温かみのある色が加わります。それらの色が交わることで、色彩の調和が息をのむほど美しく響き合っているのです。ただ景色を描くだけでなく、そこにある空気感や、移ろう季節感までをも内包した、優しく情緒ある世界観づくりが強く印象に残りました。
広重が描いた京都の風景を、絵葉書として手元に。眺めるたびに、あの展示室の空気が蘇ってきます。
優劣ではない、別の次元にある表現
前回も漠然と感じていたことでしたが、今回の再訪によって、その考えはさらに強固な確信へと変わりました。
それは、北斎と広重は「作風が違う」という、そんな単純なレベルではないということです。むしろ、二人は「全く別の次元で描いている」という感覚に近い。
比べる対象というよりも、そもそも二人が見ている世界そのものが違い、表現しようとしている目的の地が異なっているのです。だからこそ、どちらが優れているかという優劣の議論は無意味であり、私たちは全く異なる二つの至高のアプローチとして、ただその美しさを受け取るだけでいいのだと気づかされました。
浮世絵の世界を、部屋の壁に。北斎・広重の名作をポスターとして日常空間に取り入れてみませんか。
北斎と広重の世界に出会った日の記憶を、香りとして纏う。浮世絵からインスパイアされた香水は、視覚だけでは届かなかった感覚をそっと呼び覚ましてくれます。
エピローグ:物語は、すべての謎が始まる最初の場所へ
今回の再訪は、単に美術展を観に行くという言葉だけでは収まらない、私にとって「忘れられなかった作品の正体を探しに行く旅」という、ひとつの物語を持った特別な体験となりました。
無事にその正体が『京都名所之内 通天橋ノ紅楓』だと分かった今、私の心は、この物語のプロローグへと向かっています。
「そもそもなぜ私は、あの初夏の日に、あの作品の前で言葉を失うほど惹かれてしまったのか?」
その答え合わせの物語――。
私が初めて広重の美しい「青」に出会い、名前も知らぬまま、その世界にすっかり魅了されてしまった「前期展示での体験」については、また次回の記事でじっくりとお話ししたいと思います。




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