【SENSE: 香彩】NBK Rendez-vous:ダニエル・ペシオ氏が解き明かす  『香りの魔法』の神髄に触れた夜

先日、私はニュイ・ブランシュKYOTO(NBK Rendez-vous)にて、世界的な調香師であるダニエル・ペシオ氏によるワークショップ『LA MAGIE DU PARFUM(香りの魔法)』に参加しました。五感が研ぎ澄まされ、香りの世界観が根底から覆される、まさに魔法のような夜でした。この熱が冷めないうちに、そのエッセンスを速報でお届けします。

1. 香水の起源は「薬」であり「食べ物」だった

ペシオ氏のトークは、香水の歴史に関する驚きの事実から始まりました。

古代エジプト(紀元前3000年)において、香水は私たちがいま想像するものとは大きく異なりました。エタノールは使われず、バラやはちみつを混ぜてクッキーのような固形にし、食べることで気分を良くする「薬」として使用されていたのです。また、固形香水をカツラにつけ、溶けて肌に艶を与えるといった衛生的な側面もありました。

そして、最も高貴な香料の一つとして知られるアイリスは、植えてから抽出作業を経て、使えるようになるまでに6年もの歳月を要したことから、非常に高価でした。驚くべきは、この高貴なアイリスの90%がヨーグルトやアイスクリームといった食品に使われ、香水に使われたのはわずか10%だったという事実です。

このように、香水は単なる装飾品ではなく、古代から人々の心身を支える「薬」であり、「食べ物」としての役割を担ってきました。そして、この「体内に取り入れ、生命力を高める」という原始的な探求心こそが、やがて香りを芸術へと昇華させる近代香水の革命を生む土台となります。

次章では、この原始的な探求心から生まれた「魔法の3つの成分」が、いかにして現代の香水芸術を築いたのかを詳述します。

2. 現代香水を変えた「魔法の3つの成分」

歴史は科学の進歩によって大きく転換します。19世紀末から20世紀初頭にかけて、天然香料を再現する合成香料が生まれ、香水は新しい次元へと進化しました。

ペシオ氏は、この革命の鍵となった三大成分と、それらがもたらした香水史のブレイクスルーを具体的に紹介しました。

特に、香水史におけるブレイクスルーとなったのが以下の三大成分です。

1. クマリン(トンカピン)


  • 特徴: 桜餅の香りの主成分。アーモンドのような、温かく   セクシーな甘さを持つ。この香りは特に東洋文化で受け   入れられやすく、日本人にとって最もなじみ深い人工香料  の一つです。
  • 革命的意義: 1820年に合成され、1876年に初めて使用されたクマリンは、香水の調合に使われた最初期の合成成分のひとつであり、ウビガンの「フジェール ロワイヤル」に使用されています。フゼア調の基礎を築きました。

2. バニリン


  • 特徴: 繊細で美味しそうな香り。スモーキーで優しい甘さ。バニラの香りの主成分。                    パ二リンは単なる甘さだけでなく、ゲランなどのメゾンが求める複雑性と官能性を香水にもたらします。天然のバニラが持つスモーキーで発酵したニュアンスとは異なり、持続性と奥行きを香水に与える重要な成分です。
  • 革命的意義: ゲランの『ジッキー(Jicky)』に用いられ、   合成香料を大胆に取り入れた近代香水の記念碑となりました。   

3.アルデヒド

  • 特徴: 特定の花を連想させない、抽象的で人工的な輝きを持つ 香り。                         「光そのものを表現する」この香りは、香水の世界を具象的な花から解き放ちました。
  • 革命的意義: シャネル No.5に使われ、香水を芸術的、かつ幾何学的な構造物へと進化させました。

この革命の中で、ペシオ氏はもう一つの重要な視点を投げかけました。同時期に芸術性を追求したポール・ポワレに対し、ココ・シャネルには戦後の経済状況を背景とした「商業的ビジョン」がありました。ペシオ氏は、その戦略的なビジョンがあったからこそ、シャネルというブランドがNo.5を代表として今でも最先端の地位を築いているのだと指摘しました。


3. 香りは訓練を重ねれば誰でも習得できる「言語」

ニュイ・ブランシュKYOTO│Photo : Nami Nez

ワークショップは、プロの嗅覚訓練に関する話題で、さらに熱を帯びました。

ペシオ氏は、香りのプロは常に脳で香りを言語として学習しており、訓練を続けることで、この職業を志したい人であれば誰もが習熟できる技術であると語られました。

例えば、「炊いたお米の香り」を表現するために、サンダルウッドを「シルキーな感じ」として、イメージを具体的な香料に置き換えていくのです。

そして、この能力は特別な才能ではないと断言されました。香りとは、 外国語のように「訓練を重ねるべき、ある種の言語である」というのです。実際に「お米の香水」を作っている中で、お米が使われた酒はどうだろうかという発想から、日本酒も使った香水を作ったとのことです。                          

偉大な調香師であるペシオ氏でさえ、勉強を始めた頃は「ジャスミンの香りってどういうもの?」と人に尋ねるほどだったという正直な告白は、私たち参加者に大きな希望を与えてくれました。

4. 質疑応答で飛び出した日本の美意識とプロの知恵

質疑応答では、ペシオ氏の香りの技術論に加え、私たちにとって最も関心の高い日本の文化への鋭い 視点が飛び出しました。

(※このテーマは、後日「京 和&美 log」で深掘りレポートとしてお届けする予定です。)

🔔ペシオ氏の言葉を今すぐ深掘りしたい方へ

ペシオ氏が語られた「香りは訓練で習得できる言語である」という世界は、知れば知るほど奥深いものです。

※本ブログはアフィリエイトプログラムを利用しています。


編集後記:五感の覚書

ペシオ氏による「香りの魔法」のトークは、歴史、科学、そして 芸術が交差する、濃密な時間となりました。                                             特に、今回時間をかけて語られたコメの香り(炊いたお米やお酒の香り)、そして質疑応答で触れられた『わび・さび』は、当ブログが追求する京の美意識と深く繋がる可能性を秘めています。

このため、後日、この「コメの香りの表現」と「わび・さび」の関係性に焦点を当てた、独自の深掘りレポートをお届けする予定です。                            どうぞご期待ください。

                                 写真:ペシオ氏名刺とムエット

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